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「ファイト!」 [本・映画・アニメ・詩歌]

ファイト!.jpg

このブログでCMの事を取り上げるのは、多分初めての事だと思いますが、もう昨年のCMなので、ボチボチ書いてもいいかなぁ、と思いまして。
あまりテレビを見ない私ですが、大塚製薬のコマーシャルが流れていました。満島ひかりさんが、学校の校庭でグッと踏ん張って仁王立ち、力強く歌うシーンが始まります。その後、受験生の生活やら試験会場のシーンが流れ、最後にカロリーメイトが映される、1分ほどのCM。その満島ひかりさんが歌っていたのが、「ファイト!」という曲の一部です。

勝つか負けるか それはわからない
それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて
あいつは海になりました
ファイト! 闘う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
震えながら昇ってゆけ


皆さんも、一度は見たことが有るのではないでしょうか。目指す学校に向けて、頑張っている受験生を応援した曲のように聞こえますし、このCMを作った製作会社が意図したものも、きっとそうでしょう。綺麗に歌おうとせず、前だけを見て力強く歌う満島ひかりさんが実に印象的で、カッコ良かった。このCM自体は、よくまとまっているし、満島ひかりさんも素敵だと思いました。受験生やその家族の方々には、元気をもらった応援歌に聞こえたことでしょう。CMとしては成功作だと思いますし、その証拠に、曲を替えた次作(新社会人編)も作られたのぐらいですから。
最近見たCMとしては、とても記憶に残る良作だと思いました。





良いと思います。
はい。
でも・・・
・・・
・・・
でも私、どうしても違和感をぬぐえないのです。
「この曲はそんなんじゃない!」っていう想いが、胸の底から強く湧きあがってくるのです。この曲の全部を知ったなら、「そんな生やさしい曲じゃないんだ」って、きっと思うのではないか、と。
CMはCMとしてヨシとして、この「ファイト!」という曲と、なぜに私が違和感を感じてしまったのかを、以下に書いていこうと思います。お付き合い頂ける方のみ、下の「more」をクリックしてください。




この曲「ファイト!」は、中島みゆき作詞作曲で、1983年発売された10作目のオリジナルアルバム「予感」の最後の曲として収録されたものです。後に、テレビドラマの主題歌としてヒットした「空と君のあいだ」とカップリングされ、両面A曲として1994年に発売されてミリオンセラーを達成しましたから、聞かれた方も多いかもしれません。
「ファイト!」という曲は、中島みゆき自身がパーソナリティーを務めていた深夜のラジオ番組に投書された手紙が元になった、という説が知られていますが、真相は分かりません。中島みゆき自身は(特に初期の作品には)、難解な表現や言葉使い、比喩表現などが多く、その読解に諸説あることも多いのですが、この曲もしかりで、しかも自らが詩の意味を語ることはありません。それは聞く人に任せる、というスタンスですので、よってここではあくまで私の解釈として書かせていただきます。

あたし中卒やからね 仕事をもらわれへんのやと書いた
女の子の手紙の文字は とがりながら震えている
ガキのくせにと頬を打たれ 少年たちの眼が年をとる
悔しさを握りしめすぎた こぶしの中 爪が突き刺さる

私 本当は目撃したんです 昨日電車の駅 階段で
ころがり落ちた子供と 突き飛ばした女のうす笑い
私 驚いてしまって 助けもせず叫びもしなかった
ただ恐くて逃げました 私の敵は私です

ファイト! 闘う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
震えながら昇ってゆけ


今ではインターネットを通じて、ブログやツイッター、フェイスブックなどで自分の考えや出来事を簡単に、瞬時に発信することが簡単にできますし、それに対する意見や考えを多くの人から聞くこともできます。しかし、この曲が生まれた1980年代にはそんなものも無く、深夜のラジオ番組への投書というのが、一つの手段であった時代です。作者である中島みゆきの深夜番組の元に送られた手紙は、パソコンやワープロも無い時代ですから、きっと直筆の葉書だったことでしょう。それを「とがりながら震えている」と綴っています。僅かな文字数で、そのはがきに託した滲む口惜しさを表す、中島みゆき独特の言葉です。
この詩にはここまでも、これからも、何人もの人と、川を遡上する小魚たちが登場します。人物は、一人のことかもしれませんし、何人もの人のことかもしれません。ただ、逆境の中で打ちひしがれる人の姿を語っています。爪が突き刺さるほど強く握りしめた掌、これ以上の我慢の仕方はあるのでしょうか。反省ではなく妥協と我慢を強いられた少年と、それを囲む視線を「眼が年をとる」と言ってます。何という彼女らしい言葉の使い方でしょう。歳や性別に関係なく、どうしようもない程に追い詰められながらも、耐えることしかできない。本当は自分のせいではないのに、「私の敵は私です」と言う。そう言わなければ、そう思わなければ、そう納得させなければ、次への一歩も進めない、絶望感にある姿を、聞く者に想像させます。

暗い水の流れに打たれながら 魚たち昇ってゆく
光っているのは傷ついて はがれかけた鱗が揺れるから
いっそ水の流れに身を任せ 流れ落ちてしまえば楽なのにね
やせこけて そんなにやせこけて 魚たち昇ってゆく

勝つか負けるかそれはわからない それでもとにかく闘いの
出場通知を抱きしめて あいつは海になりました

ファイト! 闘う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
震えながら昇ってゆけ


ここで、先のCMで使われた部分が登場します。あのCMが、この悲惨な文字を綴った詩のほんの一部を使って、受験生の応援歌へと変えたことが分かると思います。CMに出てくるような受験、そしてスポーツでの勝敗、それらはある意味で公平な立場で、公平なルールの下で行われます。戦う者たちは対等です。そんな人にかける言葉「ファイト」は、まさに「頑張れ!」でしょう。しかし現実には、この世には云われの無い格差や不平等が存在します。他の人と同じように勉学に励もうとしてもできず、同じ競技の舞台で競おうと思ってもできない、そんな人たちもいるのです。そんな人たちは、普通の人たちと競える「出場通知」を得ることさえも、多大な努力と忍耐を必要としているのです。「海」とは、国境が無く、格差も無い、広くて穏やかで、水平な場所、という意味で持ち出した比喩表現だと解釈しました。
作者である中島みゆき自身がこの詩を唄う時、このサビの部分の「ファイト」という言葉を、意図的に軽々しく唄っています。何故なのでしょうか。その意図こそが、この詩が応援歌などではない証拠だと思います。彼女が発する、空々しい「ファイト」という言葉は、実は嘲笑なのだと、後で分かります。

薄情もんが田舎の町に 後足で砂ばかけるって言われてさ
出ていくならお前の身内も 住めんようにしちゃるって言われてさ
うっかり燃やしたことにして やっぱり燃やせんかったこの切符
あんたに送るけん持っとってよ 滲んだ文字 東京行き

ファイト! 闘う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
震えながら昇ってゆけ


現在ではそんな感は薄らいだかもしれませんが、地方在住者にとって東京とは、首都であり、経済・文化の中心であり、自分の夢を果たせる、いや果たせられるであろうと思われる場所なのです。夢を実現できる場所の象徴なのです。行けば夢が叶うという訳ではありません。それは知っています。行っても、後に多大な努力と忍耐が必要なのは知っています。しかし、その地にたどり着くこそさえも許されない。夢にチャレンジすることさえも許されない、その無念さ。こんな察して余りある立場の人に、単純に「頑張れ!」と言えるでしょうか。この曲のここまでを詠んで、「ファイト」がそんな生易しい掛詞でないことはお分かりになると思います。そして、生易しい掛詞にしている人こそが、実は「闘わない人」であると。

あたし男だったらよかったわ 力ずくで男の思うままに
ならずにすんだかもしれないだけ あたし男に生まれればよかったわ
ああ小魚たちの群れキラキラと 海の中の国境を越えてゆく
諦めという名の鎖を 身をよじってほどいてゆく

ファイト! 闘う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
震えながら昇ってゆけ

ファイト! 闘う君の歌を
闘わない奴等が笑うだろう
ファイト! 冷たい水の中を
震えながら昇ってゆけ

ファイト!


人間は皆、平等ではないのです。この詩で登場する人物たちは、自分のせいではない差別を無言で耐えねばならなかったり、理不尽極まりない境遇を押し付けられた人たちばかりです。それを「運命」という言葉で片付けるには、あまりにも悲しい。けれど、どうすることもできない。同じ土俵で戦える人たちが、きっと羨ましく思えることでしょう。そんな人たちも、現実に居るのです。そして、身を削り、痩せこけ、血を流し、それでも必死に前を向こうとする。そんな人たちに、気軽に「頑張れ!」と言えるでしょうか。もし気軽に口に出せるとしたら、それはその人が「闘わない人」だからです。
ボクシングのリングに上がる2人。これから汗を飛ばし、血を流し、過酷な訓練に耐えた自らの肉体で相手をひれ伏そうとする2人。その結果によってそれから先の自分の未来に、天と地ほどの差が有ることを知っている2人。リング中央で相手を睨む一瞬の沈黙の後、ゴングの鐘の音と共にレフリーが叫びます、「ファイト!」。この詩のタイトルである「ファイト!」とは、この「ファイト!」です。つまり、「頑張れ!」ではなく、「戦闘を開始せよ」「闘え!」なのです。観客席からも、テレビ中継を見ている視聴者からも、応援の言葉「ファイト」が発せられるでしょう。でもそれは「闘わない人」の「ファイト」です。試合がどういう結果に終わっても、「勝ってよかったね」と笑い、「残念だったなあ」と談笑できる人たちです。勝敗が、これから先の自分の人生に何も影響を及ぼさないであろう人の発する「ファイト」を、理不尽で過酷な境遇の立場を負わされた人達に代わって冷笑するかのように、わざと軽々しく唄う理由なのです。ただし、この詩の最後に彼女が発する「ファイト」は「ファイト!」です。でも、それをもってしてもこの詩を、単なる応援歌だとは私には思えません。

人は、自分自身の力ではどうしようもないものに突き当たることがあります。それは大多数ではないかもしれない。でも、そういった絶望感に苛まれる人がいます。何をどう頑張れと、具体的な事を云えない程に、屈辱に耐えねばならない時があります。それを運命や宿命と呼ぶのでしょうか。理不尽極まりない状況を変えようと努力すること、無理やりにでも前を向いて進むことが正しい、と頭で分かっていても、どうしようもなく辛く、その辛さに耐えることだけが精一杯の人がいます。自分のせいじゃない、自分ではどうしようもない、そう思いながらも耐えて、堪えて、身が痩せこけて、血も涙も流しながら、それでも何とか立ち続けている人たちです。そんな人に、安易に「頑張れ!」と言えるでしょうか。そういう言葉を投げかけることが、かえってその人を追い込むことになりはしないでしょうか。この詩の「ファイト!」は、少なくともそんな単純な「頑張れ!」という意味ではないと、私は思います。

限られた文字数の中で、とてつもなく重い命題を綴る。稀有の感性を持った中島みゆき渾身の名作の一つだと、私は思います。






(私の敬愛する中島みゆきさんですが、上記の文中では敬称を省かせていただきました。お許しください)

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ジグチッチ

いつもブログを拝見しております(久しぶりのコメントです)。
ボールを見つめる目シリーズもすばらしかったのですが、
今回のは、涙が出ました。
なぜ中島みゆきが「ファイト!」のところをあんなに軽く歌うのか、長年の疑問が
解けたような思いです。
どうもありがとうございました。
by ジグチッチ (2014-10-18 23:26) 

トシ

この間まで、素晴らしいサッカーの写真を堪能させていただいて、今回はこの重い話題ですか。しかも、卓越した文章で。
このブログにであって良かったと思います。
by トシ (2014-10-19 11:21) 

北風小僧のスナフキン

自分もみゆきさんのファンで、コンサートで唐突に始まったピアノ弾き語りの「ファイト!」に遭遇し
衝撃を受けた事を思い出しました。
自分は、『単純に「頑張れ!」』と言えないからこそ、歌っている自分が自分の歌に酔って、
悲痛に「ファイト!」と叫ぶものではないという自覚の元に、あえて軽く歌いあげ、
そばに寄り添っている歌だと解釈しておりました。
『それは聞く人に任せる、というスタンス』という立場で歌っているからこそ、聴く人の状況に合わせて
行く通りにも解釈(自分への援軍に変換できる)名作だと、私も思います。
CMも当時見て良いんだけど…と違和感を持ったクチで、50mm f1.8の様なみゆき沼への撒き餌だと今は解釈しております(笑)
by 北風小僧のスナフキン (2014-10-19 20:40) 

wataru-wata

こんにちは☆

私がこの曲を初めて聴いたのが、高1の試験勉強の時でした。

途切れ途切れの電波の中、かすかに聞こえる中島みゆき氏のラジオ番組で流れたのが出会いでした。

途切れる電波の中で、歌詞なんてロクに聞き取れませんでしたが、”ふぁいと”と言う言葉が凄く旨に突き刺さり、試験勉強を頑張れた事を凄く覚えております。

それまで、彼女の事なんて全く知らなかったそんな私がこの曲をキッカケにファンになりました。


by wataru-wata (2014-10-20 09:40) 

ジュニアユース

みなさん、コメントありがとうございます。

ジグチッチさん、こんにちは。
この「ファイト!」という曲は、実は他の歌手の方も歌ってまして、それぞれが歌い方が違ったりします。
でも私はやはり、作詞作曲者である、中島みゆきさんの歌う曲が、一番よく心に響きます。

トシさん、こんにちは。
まあ、個人的なブログですので、節操なく、自分の思うことを書いてきたつもりなのです。
それで、見られている方が何かしら思ってくだされば、それだけで幸いです。

北風小僧のスナフキンさん、こんにちは。
中島みゆきさんの曲、特に初期の作品には、論議が絶えない曲もありますよね。
実はそんな、いろんな見方ができる局を書くこと自体、中島みゆきさんの凄いところだと感心したりしてます。
彼女の言葉の使い方には、独特の鋭さがありますから。

wataru-wataさん、こんにちは。
今ではもうほとんど聞かなくなったのですが、私も学生の頃は、よく深夜のラジオ番組を聞いてました。
それぞれのパーソナリティが出た番組も多くて、視聴者の好みでいろいろ選べましたね。
今はどうか分かりませんが、たまには聞いてみるのもいいかも、と思いました。

by ジュニアユース (2014-10-20 20:54)