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前転・後転 [サッカーあれこれ]

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中学生のサッカークラブの某監督と雑談をした際、こんな話を聞きました。
「最近の子ってねぇ、前転のできない子がいるんだよ」
「前転って、あの地面に手をついて頭からクルッと回ることですよね」
「そうそう。できないっていうか、きれいに回ってスッと立てない子がいる」
「へ~、そうなんだ」
「後転をさせると、斜めに回ってしまって立てない子が、新入部生の中に毎年2,3人はいる」
「う~ん、確かに私が子供の頃にも、そんな奴はいましたけど」
「だけどね、そんな子でもボールを触らせれば上手いんだよ。リフティングやドリブルなんか人一倍上手かったりする」
その監督さんは呆れ顔で言ってました。そしてそんな状況なので、入団した新中学1年生には、まず前転と後転をさせて、キレイにクルッと回ってスッと立てるようになるまでボールに触らせない、と言っていました。
「これって、ちょっとおかしいよね。そんな所から始めなくちゃいけないのかなあ」

後転.jpg

私が小学生の時も、運動が苦手な子がいましたし、それはたぶん現在もそうでしょう。子供とはいえ、得意・不得意なことはありますが、前転・後転なんかは実に基本的な事で、できて当たり前だと思うのです(私のようにメタボになってしまうと分かりませんが)。問題なのは、それが満足にできないのに、サッカーの技術だけはある、ということ。小学生の間には、こんな前転や後転、鉄棒の逆上がりなどの基本的な運動能力は身に付けるべき時期だと思うし、その上乗せでボールを扱う技術を積み重ねるべきだと思うのですが、現実にはそうでない子もいる、とその監督は言うのです。それではその後の選手としての成長が見込められない、と。そして、こう付け加えて言うのです。「俺がそんな前転・後転ばかりさせていると、せっかくクラブチームに入れたのに、って保護者から文句が出るんだよ」
習い事というのは昔からありましたし、私の子供の頃(もう半世紀ほど前になりますが)には、そろばん塾に行くのが当たり前でした。今でも、書道や楽器、絵画などの文化的なものもありますが、子供の心身の成長の為にと、スポーツ系の習い事に行かせることが珍しくありません。ただ、お金を払っている保護者としては、せっかく行かせているのだから、と何らかの見返りを期待したい気持ちもあるでしょう。それが競技会の成績だったり、試合結果だったり、トレセンに選ばれることだったりします。でも本来の意義は、スポーツを通しての心身の成長です。成績や結果が良ければ、新たな目標やモチベーションのアップに繋がるでしょう。でも、例えそうならなくてもイイと思うのです。小学生だって人間です。向き不向きがあります。途中で方向転換しても一向に構わないと思うのです。急激に成長するこの小学生の6年間には、自分の体を目一杯動かすこと、それが大切だと思った次第です。
小学校や中学校のグランドは、ほとんどが土です。泥だらけ、砂だらけになって帰ってきた子供に、「こんなに服を汚して。一回洗ったくらいじゃ落ちないわよ」などと言ったことがありませんか。そんな言葉に子供は敏感です。良い子はきっと次からは、服を汚さないようにするでしょう。でもそれで良いのでしょうか。今の洗濯機や洗剤は高性能ですから、きっとそんな言葉は無用だと思いますよ。

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