「ヨンニッパ」、それは400mmの長焦点でありながら、開放F値F2.8の明るさを得ているレンズの俗称。数も種類も多いカメラレンズの中でも、それは特別なレンズだと思う。その証拠に、現在そのレンズを販売しているメーカーは、世界中でも数少ない。もちろん現在の技術では、500mmや600mmでF2.8を実現することは可能だろう。しかしそんなレンズには極めて大きな口径が必要で、大きく重く、そして高価になることが予想され、一般ユーザーが「商品」として購入するには、あまりに代償が大きい。このヨンニッパですら、もうその限界価格に近いと思われるのだから。
撮影者が被写体に近づけない場合、長焦点レンズを必要とする。たとえ人よりも大きい航空機や自動車であっても、人より小さい野生動物や鳥などならば尚更、近づけないのであれば長い焦点距離のレンズでなければ、思ったような大きさに撮ることはできない。光量の少ない撮影環境であれば、少しでも明るいレンズが欲しくなる。光量があっても、速いシャッター速度が必要な場合も、明るいレンズが欲しくなる。それに加え、開放F値の小さいレンズほど被写界深度は浅く、故に豊かなボケが得られる。たとえ受像がフィルムからデジタルセンサーに取って代わられたとしても、レンズ選びが撮影者自身の表現の具現化する最たる道具であることに変わりはないと思う。その意味で、ヨンニッパは長焦点距離レンズの孤高の存在なのかもしれない。
私が主に被写体としているサッカー選手は、広いグランド内を縦横に、しかも不規則に動き回る。近づけない以上、長焦点距離のレンズが必須となるが、撮影者と被写体である選手との距離が常に変化している状況では、ズームレンズの方が適している、と以前から思っているし、それは今も変わらない。しかしヨンニッパに代表される単焦点レンズの描写力は、昔に比べれば格段に性能アップしたズームレンズの更に上にある。飛び散る汗、額に張り付く髪の毛、一瞬の緊迫した表情、薄いユニフォームを通して感じさせられる筋肉の張り、それらを克明に描き出してくれるヨンニッパを手にしてからは、たとえ高価であろうと、大きく重くても、未だ私のサッカー撮影におけるメインレンズであり続けている。


私が初めてこのヨンニッパを手にしたのは、2005年のこと。それまでサンニッパ(EF300mm F2.8 L Ⅲ型)を使っていて、必要に応じて1.4xテレコン(EF EXTENDER 1.4x Ⅱ型)を使用していたが、素のサンニッパの描写力を体験してしまうと、1.4xがどうにも性能をスポイルしている感があり、自然とヨンニッパへと目が向いてしまった。キヤノンのヨンニッパは、1996年に蛍石を使ったEFマウントのⅡ型が発売され、1999年にIS付きが既に発売されていたが、その僅か3年の間に発売されたIS無しのⅡ型の中古を、2005年にネットで見つけてしまったのが発端。その最初のヨンニッパ、当初は高価な投資をした割にはまったくダメダメなレンズだったが、メーカーに調整出してからは見違えるような画を提供してくれた。そして、満を持してIS付きヨンニッパ(Ⅰ型)に買い替えたのが2008年年頭のこと。以来このレンズが10年以上に渡って私のメインレンズであり続けたのは、組み合わされるボディが変わっても、サッカーという競技一筋に撮り続けるにあたって、十分な性能だと信じていたからに他ならない。特に2010年に1D MarkⅣが手元に来てからは、この組み合わせで上手く撮れなければ自分の腕の未熟のせい、うまく撮れたなら機材のお陰、との感が身に染み付いた「私のスタンダード」となっていた。
誰にでも勧められる訳ではないかもしれないが、私のようにフィールドスポーツを主戦場にしている者にとって、一つの行き着くべきところがヨンニッパなのかもしれない。そして私もサッカーを撮り続ける限り、手元にヨンニッパが無くなることはないだろう。