年中サッカーを撮っている私ですが、日本で行われるスポーツは多種多様。既にシーズンを終えた競技、今が佳境の競技、これから始まる競技と様々ですね。毎週末、何処かで何かの競技が行われるのが今の日本であり、新聞・テレビ・雑誌などのメディアで報道されます。いや、今はインターネットの普及によって、リアルタイムで経過や結果が分かる時代です。それ自体は良い事で、日本が平和で豊かな証なのかもしれません。
どんな競技であれ、試合とは勝負であって、それは勝者と敗者を否応なく作り出します。勝者には、それまでの辛苦の結果得られた喜びと称賛が、敗者には、報われなかった後悔がきっと有るでしょう。最近メディアがその敗者の弁を伝える中に、「必ずリベンジします!」とかの「リベンジ」という言葉がよく聞かれます。実はそれを聞く(読む)度に、?と思ってしまう私です。
リベンジとは、英語のrevengeだと思われます。この言葉の本来の意味は、「復讐」「報復」「仕返し」という、どちらかと言えばマイナスイメージを与える言葉です。ですが最近では(日本だけかもしれませんが)、個人的な恨みや復讐心を連想させるのではなく、一度敗れた相手や成果を残せなかった大会に再挑戦して勝利する事、日本語的な「借りを返す」という意味合いで使用されることが多いようです。諦めずに挑戦し続けるその行為自体は、スポーツマンシップに則っているいる限り、何ら問題が無いばかりか、称賛すべき態度だと言えます。ただ私は、試合後の敗者の弁として「リベンジ」なる言葉が出てくることに、大いに違和感を覚えます。負けても直ぐに再戦を口にする。それでは、「あなたが今戦った試合は、本当に真剣勝負だったのですか?」「この試合であなたは、本当に全力で戦ったのですか?」と問いかけたくなるのです。それとも、「僅かな運が足りなかったための敗戦であって、もう一度戦えば必ず勝てる」ということでしょうか。
試合の結果は、敗者には非情です。しかし、自らが敗者になったことをしっかり受け止めなければなりません。それがプロであろうが、学生であろうが、子供であろうが、です。リベンジなる言葉を口にする前に、まずは勝者を称え、敗者の立場に追いやられた事実を真摯に受け止め、反省し、足らない部分・及ばなかった部分をしっかり検証し、それを補い、それらの過程を経た上での「リベンジ」なる言葉でなくてはならないと思います。敗れたからと言って、直ぐに口に出せるような言葉ではないのです。何故ならば、そのリベンジに失敗すれば、更に弱者の烙印を色濃く押され、そんな言葉も言えないほどの立場に追い込まれるリスクがあるからです。そのリスクをしっかり認識したうえで、使うべき言葉だと思います。
日本のカタカナ語としての「リベンジ」は、1999年の新語・流行語大賞に選ばれました。それ以降、スポーツに限らずいろんなところで使われています。一度や二度敗れたとしても、何度でも立ち上がり、リベンジを胸に頑張る、その姿は称賛され尊敬されるものでしょう。しかし、反省も更なる努力もしていない時に、「リベンジ」なる言葉を簡単に口から出してしまうことに、私は違和感を覚えます。それは違う、勝者に対して失礼ではないか、リベンジはそんな簡単な事じゃない、と。
古臭い考えの持ち主だと思われるかもしれませんが、「リベンジ」という言葉が単なる流行語にはなって欲しくない、と思うのは私だけでしょうかね。