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月のカケラ(上弦の月) [物語]

月のカケラ3-1.jpg

それから、二人の共同生活が始まった。彼女はいつも食材を抱かえて来ると、冷蔵庫の隙間を埋めていった。その手料理は、毎回文句の付けようもないほど美味かったが、たとえ彼女が居なくても、冷蔵庫に満たされた冷凍食品や調理済み食材、飲み物、それに加えて電子レンジが有れば、一日中食べる事に苦労することは無くなった。毎日食べられる、水道の水で腹を満たさなくてもよい、それがどんなに幸せなことか、痛切に感じさせられた。そして、食欲に対する不安が払拭されれば、人は正常な精神を保つことができ、活動することができるのだ、と知らされた。
そんな彼女は、毎日必ず帰って来るわけではなかった。二、三日帰ってこない旨のメモが残されていることもあった。最初は水商売の人かな、とも思ったが、彼女と昼間に会うことは無く、朝起きれば必ず居ない、来る時は夕方か夜であることを考えれば、どうもそうではないらしい。それとなく彼女に聞いてみても、はぐらかされるか、「それは秘密よ」と言われるだけで、しつこく聞けば怒られそうなので、止めておいた。僕にも知識や用心が無い訳ではなく、いつか「俺の女に手を出しやがって!」と怖い人に怒鳴り込まれるのではないか、悪い道へ強要されるのではないか、との懸念は勿論有ったが、それを口に出して言う勇気は無かった。結局、彼女のことは殆ど知らないままでも、どんどん月日が流れていけば、僕のそんな猜疑心もいつしか薄れていった。
ただやはり、同棲生活ではなく共同生活だった。絶世の美人、とか、芸能人並み、という程ではないにしても、彼女は間違いなく美人の範疇にあり、それに加えスラリとした肢体は、僕の男としての情を引き寄せていたし、肉体的な交わりも有った。しかし、そんな僕の愛情が傾いていくことを知ってか知らずか、そんな時は帰って来なかったり、帰って来ても深夜で、会話無く寝てしまったりして、彼女と僕の心理的な距離は一定の間隔を保ったまま。なので、この関係を恋人同士とは言い切れず、やはり共同生活と言うのが自然なのだろう。それが歯がゆく感じたこともあったが、それまでの悲惨な生活から抜け出せたことだけで、僕は十分「幸せ」を感じられていた。
その年も残り一か月となった夕方、珍しく手ぶらで彼女、望月弓子さんが帰ってきた。
「もう冷蔵庫のものが少ないでしょ。今日はたくさん買いたいから、荷物運びに一緒に来て」
この小さな部屋の玄関は、既に彼女のパンプス、ハイヒールなどで一杯になっていたが、それを跨いで外に出た。陽が落ちれば、既に冬の空気が感じられる季節となっていた。駅前のスーパーマーケットへ並んで歩いていると、ふと彼女が立ち止まった。僕の頭の先から足の先までじっくり見回し、「ダサイ」と一言。安物の長袖シャツを重ね着した姿は、そう言われれば反論の余地無し。ヒールの高いブーツを履いていたとはいえ、視線が僕と同じ高さと言うのは、女性としては高身長だろう。そんな颯爽とした大人の女性の横を歩くには、あまりに貧相な格好なのは明らかだった。
「やめた。今日は外食にしましょう。それを何とかしないとね」
二人は電車に乗り、大きなターミナル駅に降り立った。
「男性服の店って、あまり知らないから」
この時間でも駅ビルの中の店は開いていた。そのフロアーを見回しながら、ツカツカと歩く彼女の後に続く。
「これがイイんじゃない」
彼女が指差した店頭のマネキンが来ていたのは、確かに派手過ぎず地味過ぎず、でもちょっと高級感のある衣装だった。僕の返答を待たずに店員を呼ぶと、彼女は試着したいと告げた。
「このセーターですか?」
「いえ、これ全部。スラックスもね」
店員はそのマネキンを裸にすると、僕を試着室に誘導する。下着以外全て脱ぎ、その衣服を全て着て、試着室のカーテンを開ければ、腕組みをした彼女にまた、上から下まで眺められた。
「なかなか似合っているわよ」
満足気にそう言うと、傍らの店員に、これ全て買うと告げる。その潔さに押されて、それらを脱ごうと試着室に戻ろうとする僕。
「これ全部着ていきますから、タグだけ外してください」
店員はそれらのタグを全て外し、脱いだ安物の服をきれいに畳んで袋に入れてくれた。そうこうしている間に彼女は支払いを済ませたみたいで、改めて僕の姿を見て問う。
「聞くけど、その靴に何か思い入れでもあるの?」
駅前の安売り店で1980円で買ったスニーカーだ。もう随分長く履いて汚れ放題なので、この服に合わないことは間違いない。否と言う返事を持って、彼女は同じフロアーに有る靴店に向かう。グルっと店内を一周した彼女は、カジュアルだけど立派な革靴を持ってきた。なぜ僕の靴のサイズを知っているのか不思議だったが、その靴はサイズも先ほどの服にもピッタリだった。コレもこのまま履いて帰る旨を店員に告げ、そしてまた歩き出した彼女の後を、それまで着ていた服などの入った袋を持って追えば、ある店の前に着いた。
「すみませ~ん、コレください」
既に店員に告げているではないか。彼女が指さしていたのは、ダウンのハーフコートだった。今ではダウンなど珍しくもないが、当時はまだ高価で、大学生の持ち物としては上位に位置するもの。しかも、僕でも知っている有名メーカーのものだった。高価な中身を連想される高級そうな袋に入れられた品を受け取れば、たった小一時間程で、僕はちょっとリッチな家の大学生になっていた。それを彼女は随分とご機嫌そうに眺める。しかし彼女が支払った額は、あの部屋の一か月の家賃を軽く超えているだろう。食品は生きるためのもの、二人で食べるためのものと考えれば、まだ納得できる。でもこれはあまりに頼り過ぎだ。買って貰ったものには大いに満足しているが、これは直ぐには無理でも、少しづつでもお返ししなければならない、そんな考えが過ったが、彼女には全てが見通し済みのようだ。
「これは君の為じゃない、私の為なの。私の横を歩く人になってもらう為なの。分かる?」
「それでも、流石にこれは・・・」と言いかけたところで、彼女はにっこり笑って僕の背中をポンと押した。
「さあ、今日は何を食べようか。気分はイタリアンね」
最上階のレストラン街へ向かうエレベーターに向かって歩き始めた。

それからも彼女は、「昔の男が残していった服だけど、クリーニングしたから着てみる?」と何着か持って来ることがあった。しかし、どう見ても一度洗った服のようには思えなかった。もしかすると、僕は着せ替え人形で、彼女好みに変えていくのを楽しんでいるかのようにも思えてきた。ただ、確実に僕は変わっていった。痩せこけた顔は元に戻り、服装も今風の大学生の水準に達していた。大学内を歩く姿にオドオドしたような劣等感に近いものは無く、それを見た以前のサークルの女子が近づいてきた。
「最近何か良いことでもあったの?」
「彼女が出来たんじゃない?」
好奇心の塊の言葉を投げかけられたが、真実を言うべきではないことは分かっていた。ただちょっとだけ、優越感みたいなものが湧いたことは確かだった。
年の瀬が意識されるようになると、彼女は週に二、三日しか帰って来なくなっていた。もちろん毎回、食材片手に来てくれるので、食べる事に苦労しないのは変わらないが、何か不安感みたいなものが少し持ち上がってきた。それを払拭しようと、僕は彼女にクリスマスプレゼントを用意することにした。サークルも辞め、切り詰めねばならなかった食費も僅かしか掛からないとなれば、その月の収支は少しだけ黒字になっていたから。しかし女性、しかも年上の大人の女性に渡すものなど見当もつかなかった。毎日、彼女と行った駅ビルの店舗をウロウロして絞り出した答えが、赤いマフラーだった。単一色ではない、僅かに斜めにラインの入った赤いマフラーを、プレゼント用に梱包してもらった。これでイヴの夜に帰って来なければ困るのだが、「イヴの日はケーキを買ってくるからね」の言葉を信じて待つことにした。
その夜、彼女はなかなか来なかった。時計が午前0時を示す数分前に、白い吐息と少しの酒の匂い、でもケーキの箱をしっかり持って上がり込んできた。
「ごめんねぇ、遅くなって」
「いえ、イヴの夜に間に合ってよかった」
リボンの掛かった箱を手渡すと、彼女の眼がキラキラと輝き、嬉々とした表情で箱を開けた。
「うわ~、ステキ!」
部屋に入ってまだコートを脱いでいない彼女は、その上から赤いマフラーを巻いた。それを見て、やっぱりコレにして良かった、と思ったし、こんな満面の笑みの彼女を見るのは初めてだったかもしれない。
「ありがとーう!」
彼女に抱きしめられ、赤い唇が僕の頬に盛大に跡を付けてくれた。
「今までお世話になった、ホンのささやかですけど、お礼です」
「ありがとう」
六畳間で、立ったまま向き合う二人。
「君も男らしくなったね」
まじまじと僕の顔を見つめて告げる彼女。一瞬、いや少しの沈黙。いつも見ている彼女なのに、今夜は慈愛に満ちた眼をしていた。そして彼女はそっと、いつもより長く、もう一度僕を抱きしめた。
「さて、ケーキを食べようか」
コートを脱ぎながらそう言うと、直径20cm程の丸いケーキが小さなテーブルの上に出された。
「私ね、こんな丸いケーキを一人分づつ切って食べるんじゃなくて、二人で突っつきなが食べるのが好きなの」
その言葉通り、二人がそれぞれフォークをもって、丸いケーキを両方向から崩すように食べていく。そして、ペタンとケーキの最後の山が倒れて、そこで二つのフォークが止まった。
「お正月はどうしようか。人込みは嫌だろうから、どこか小さな神社にでも初詣に行こうか?」
機嫌良く言ったつもりだったが、彼女は一瞬にして真顔になった。
「ダメよ」
「ええっ、どうして?」
「ダメ!」
部屋の気温が一気に下がったような気がした。
「あなたには帰る故郷がある。待っている両親もいる。お正月は帰らなければダメ」
その言葉には、妙に迫力があった。NOと言わせない重みがあった。逆らえない眼が光っていた。
「う、うん、そうだね」
僕はそれだけ言うのが精一杯だった。それを聞くと彼女は、持ってきた袋からワインのボトルを取り出した。
「まあ、クリスマスだからね。ちょっとだけ付き合ってよ」
二つのグラスにワインが注がれ、僕は酔い過ぎないように少しづつ口に含んだが、彼女は豪快に飲んだ。そうして様々の事を語らいながら、長くて熱い夜を過ごした。




続き・・・


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月のカケラ(新月) [物語]

下弦の月2-1.jpg

深夜の歩道橋の上で、僕は手摺りに両ヒジを置き、月を見ていた。何を考えることもなく、いや考える意思も無く、ただただ下弦の月を見ていた。本当は下を走る車の騒音の只中の筈なのに、随分静かな夜に溶け込んでいた。その誰も居ない筈の静寂の彼方から、耳元でささやくような声が届いた。
「月を見ているの?」
声の方に顔を向ければ、同じように手摺りに両ヒジを置いて月を見る横顔が、そこに有った。肩を覆うぐらいの緩やかにカーブした髪、20歳代後半、ひょっとして30歳前後だろうか。もちろん見知らぬ女性だった。
「きれいな月ね」
視線を月から外すことなく言う彼女の横顔は、あの月のように白かった。既に落ちる処まで落ちてしまったような僕の心は、返す言葉も出ず、偽りであろう静寂の中で、ただ立ち尽くすしかなかった。
「これからどこへ行くの?」
「安いアパートの狭い部屋です。そこしか居る所が無いので」
「そう」
月を見続ける彼女の横顔は、どこか冷気を含んだ美しさが有った。二人は歩道橋の上で、まだ月を見ていた。
「ねえ、今晩泊めてくれない?」
見ず知らずの女性のそんな言葉など、映画やテレビドラマでしか聞いたことが無い。もちろん想定外に違いない筈だが、この静寂の中で、僕の耳に直接ささやくように届いた声に、変な悪意は感じなかったから、意外にも冷静でいられたのだろう。
「この時間じゃあ終電も終わってるから、帰ることもできないし」
「でも、狭くて汚い部屋ですから」
「いいのいいの、泊まると言っても、朝までそこに居させてくれれば」
一瞬、いや本当は一瞬ではなく、もう少し長い時間かもしれない沈黙の果てに、「はい」という溜息のような言葉が出たと思う。すると、周りの騒音が蘇ってきて、現実の今に戻された。さっきの会話は僕の空想の中のものだろうか。その狭間に戸惑っているうちに、彼女は歩道橋を降り始めた。階段を降り切ったところで振り向いた彼女は、左の口元に血の滲んだ跡があった。
「さっき一緒にいた男に殴られてね。でも一発ケリを返してやったわよ」
そう言って、フフフッと笑った。自室に戻る途中、「缶コーヒー買って」と言うので、自動販売機で二本買った。財布の残金680円が480円になったが、賽銭箱に入れる額が少なくなるだけなので、もう大して気にならなかった。部屋のドアを開けると、湿った空気が満ちていた。濡れた洗濯物がぶら下げているのだから当たり前のことなのだが、この部屋に初めて踏み入れる来客には失礼だと思い、慌てて片付けようとすると、彼女の表情が一変していることに気付いた。
「いいよ、そのままで」
それまでとは明らかにトーンの違う言葉。その言葉に押さえ込まれるように「はい」を押し出して、部屋の隅に立て掛けてあった折り畳み脚の小さなテーブルを、部屋の真ん中に置いた。畳から50cm程上の壁には窓があったが、彼女はその窓を開け、その下に座り込んだ。小さなテーブルを挟んで彼女の正面に座った僕に向けて、彼女は言った。
「どうして死のうと思ったの」
その低い声は、僕の心臓を突き破るかのような、鋭く鋭利だった。そして歩道橋で見たのとは打って変わり、射貫くような厳しい眼だった。
「何故そう分かったんですか?」
「本気で死のうとした経験のある人には分かるものよ。全部話して」
彼女は窓枠を背に座っていたが、僕は何故か正座していた。悪さをした生徒が先生に問い詰められている、それに似た光景だっただろう。出会ってまだ十数分の人に、自らの苦しかった道程を話すことなど、明らかに不自然なはずなのに、それに抗う気持ちが起こらなかったのは、彼女の鋭い眼光に既に白旗を上げてしまっている証左からだろう。それとも本当は、誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。ポツリポツリと、東京に出て来てからのことを話し始めた。でも途中で、「こんなことをこの人に言うのはおかしい」との考えが過って、何度か言葉を止めるのだが、その都度「いいから続けて」とか「それからどうしたの?」「どう思ったの?」という彼女の促す言葉が入って来るので、続けざるを得なかった。その彼女も、興味深そうに聞く訳でもなく無表情で、途中で「タバコ吸っていい?」と言って、飲み終わったコーヒーの空き缶を灰皿代わりにして、窓からフーっと煙を吐きながら、横顔で聞き続けた。そして何本目かのタバコに火を点けた時、僕は全てを話し終えた。それでも彼女は、まるで能面のように白くて無表情な横顔のままだった。
「それで全部ね」
「はい」
彼女の吐き出す紫煙が窓の外へ流れていく。
「じゃあ、この缶コーヒーを買ってもらって悪かったわね」
「いえ、それはもういいんです。どうせ明日には賽銭箱に入れるつもりでしたから」
この部屋唯一の調度品の時計は、午前3時過ぎを示していた。話し終えた僕は、残った缶コーヒーを飲み干した。
「分かった。もう遅いから、あなたは寝た方がいいわ」
「じゃあ、あまりキレイじゃないけど、布団を引きますから」
「ううん、このままでいいわ。私はしばらく月を眺めているから」
この窓から月なんて見えたかな、この時間だから見えるのかな、と思ったが、緊張と話し終えた疲れと彼女の眼光から解放された安堵感からか、急に睡魔に襲われ、僕はそこから記憶が無くなってしまった。

窓は閉められていたが、すりガラス超しに入ってくる日差しで目が覚めた。僕は畳の上で寝ていた。頭上には、昨日の洗濯物がそのまま干され、時計は午前11時を示していた。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。昨晩の事は何だったのだろう。悪い霊に取りつかれるような憶えは無いが、夢か幻をみたのだろうか。真っ当な精神を保つことができない程に衰弱してしまったのだろうか。昨夜銭湯に行ったままの姿で起き上がって見回せば、あの彼女の姿は無く、いつもの殺風景な部屋のまま、何も変わってなかった。こんな話を誰にしても信じてもらえないだろうし、そんな話をする人もいなければ、その気にもなれない。ポケットの中の財布を取り出し、中身を確認すれば、480円がそのまま有った。ただ、小さなテーブルの上に、昨夜飲んだ缶コーヒーの空き缶が二つとも無く、封を開けてない缶コーヒーが一本有った。
午前の授業はサボってしまったが、午後からの授業には出た。その教室でも、昨日のことが頭から離れない。夢にしては、あまりに鮮明すぎる。もし現実なら、金品を目的に僕に近づいたが、あまりに貧困なので、盗まずに立ち去った、ということだろうか。彼女を悪者に考えれば、そんな推測も成り立つ。いや、それならば何故、僕の身の上話などを長々と聞き出したのか、説明がつかない。歩道橋から飛び降りようとしたぐらいだから、きっと僕の精神は崩壊しかかっていたに違いない。それ故の夢か幻、として片付けるのが適当だろう。200円を失って缶コーヒー一本が残ったことは合点がいかないが、意識や記憶が混濁していた、とすることにした。でも体は正直だ。缶コーヒー一本では空腹は満たされなかったが、それでもぐっすり寝たせいか、幾分体が軽くなったような気がしていた。それとも昨夜、夢の中で想いの全てを話した故のことなのだろうか。
その日の授業が終わったのは午後5時だった。いつもの図書館には寄らず、自室へ向かう電車に乗った。昨日財布に有った全財産1000円は、結局は一日で半分以下の480円になっていた。コレが減っていく恐怖に耐えなければ、と昨日は覚悟していたのだが、今は何だか重荷に感じてしまっている。この残金があの夢か幻の原因なのではないか、とも思っている。なので、早く手放して清々したかった。いつもの駅で降り、いつもの通りを歩き、でも途中から違う道を進んだ。秋晴れの空に夕闇が迫りつつあった。きっともう少し空が見えたのなら、綺麗な夕焼けだったのかもしれない。でも、ここは東京。ビルの谷間の小道では、見える空は限られていた。10分ほど歩いただろうか、周りをビルで囲まれたポツンとある小さな神社にたどり着いた。見回しても誰もいない。賽銭箱の前に立ち、全財産480円を落とし込んだ。予想した躊躇する心など微塵も無く、逆に肩の荷が下りたような、爽やかな感じがした。拝殿に向かって手を合わせたが、はて何を祈るべきか、その事の方が迷った。「願うことと祈ることは違うの。祈ることが無いのは幸せなことなのよ」と、昔誰かから聞いたような記憶があった。今の僕が幸せなんて、笑ってしまいたいほど滑稽なことだが、神様の前だから神妙な面持ちのまま鳥居を出た。さてこれで無一文。足取りは予想以上に軽かったが、ここから3日間は水だけの生活。銭湯にも行けないので、汗をかかないように自室まではゆっくり歩いた。

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月のカケラ(下弦の月) [物語]

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銀行のATMにキャッシュカードを差し込んで暗証番号を入力、残高照会のボタンを押す。「1025円」、その金額自体は数日前から分かっていたことなので、特別驚きもしない。出てきた千円札一枚を、後ろに並んでいるOLに見られないよう、サッと空っぽの財布に押し込んで、そそくさと表に出た。いくら空腹だったとはいえ、足取りが軽かろうはずもない。それでも行き先は大学より他に無い。街路樹の銀杏はすっかり黄色い葉を落としていたから、いつまでもシャツ姿では恥ずかしいな、とも思ったが、さて他に着る適当なものがあっただろうか、と思いながら人波の流れに続いた。
講義が行われる教室に入れば、既に半分ほど席は埋まっていた。馴染みの顔も何人かいたので、簡単な言葉を交わして、いつものように一番端の席に座った。隣には誰も座って欲しくなかったから。空腹でお腹がグーっと鳴る、それは我慢しようにも避けられない生理なのだ。それを聞かれたくないために、いつも、どんな講義でも、離れた席を探していた。そんな俺を見つけたのか、見知った二人の女子が駆け寄ってきた。
「サークル辞めたんだって」
興味深そうに聞く。その理由やサークルに対するネガティブな感想を聞きたかったに違いないことは分かっていた。
「ああ、どうも合わなくてさ」
簡単に答えた。聞いた方はもう少し面白い話を引き出したかったようだが、それ以上のことを言わないことを悟ると、儀礼的な挨拶は済ませた、とばかりに去っていった。引き留めるような言葉が皆無だったところをみると、僕の退部は既に予定されたことだったのだろう。
ここから400km程離れた田舎で生まれ育ち、でも早くこの家を出たいと望んで、この大学に通い始めて半年余り。押し付けられた教科書と問題集に埋もれた高校生活と違い、大学は自分の望むもの、興味があるものを好きなだけ学べる所だと思っていた。そして「キャンパスライフ」という田舎者の想像を華やかにするものを謳歌するためには、サークルという同好会に属した方が良い、と高校の先輩から聞かされていた。なので、特別な考えも無く、当時流行っていたテニスサークルに入ることにした。しかし、テニスをするにはテニスコートが必要。大学内にあるテニスコートは体育会テニス部専用なので、同好会サークルは別にコートを探すしかないが、この地でそれは容易なことではないことを、入った後に知った。そのサークルは、大学から電車とバスを乗り継いだ所に、週三回二面のコートを確保していた。部費は毎月5000円。勿論、その往復の交通費は個人持ち。しかも毎回、練習後には喫茶店でミーティングと称する、ただのお喋り会に参加しなければならない。何が面白いのだろう、と思いながらも新入生の僕は、いかにも興味深そうな顔を作って末席に居た。よく見れば、ここに居るのは自宅通学者か、独り住まいしていても東京周辺県の者が殆どで、僕のような田舎から出てきている者は僅かなのだ。練習後だから食べ物を注文する者が多かったが、俺はブレンドコーヒー、夏だけはソーダ水。それがその店で一番安いメニューだったから。「いつもそればかりね」と尋ねる声もあったが、「好きだから」「田舎でいつもコレを飲んでいたから」などと適当なことを言ったが、本当の理由はとっくに知られていたに違いない。それだけならまだ良かった。月に一度は適当な理由で飲み会が行われ、完全割り勘制なので、一回に数千円が飛んだ。酒など飲めないのに。
この大都会・東京に住む大学生としては、真面目と言われれば、確かにそうだったのかもしれない。ただ、旧態依然とした父親像を標榜する家長が居座る重苦しい家庭から解放され、勉学もそれ以外のことも含めて、自由に行動できる時間が欲しかった。また、自身がまだ未熟な事は痛感していたし、社会へ出る方向性を探るのが、この大学四年間だと思っていたから、この大都会へ赴いた。それに、この大学に合格する為にどれだけ努力したか、どれだけ多くの事を我慢したか、それも加えれば、大学に通わない、講義に出ない、という考えは端から無かった。しかし一人での生活を始めれば、予想以上にお金という「物の価値」が痛切に圧し掛かってきた。親は毎月仕送りを銀行口座に送ってくれた。直ぐにそれを引き出して、六畳一間のアパートの家賃と電気代、水道代を支払った。ガスは使わないだろうから元から無い。電話も無い。それに加えて、大学のある駅までの電車の定期代を一か月分買った。定期も数か月分買えば幾らか割安なのだが、そんな余裕は無かった。それで、とりあえず居る場所と大学に通える手段だけは確保した。料金滞納などもっての外。親から「他人に迷惑をかけるな」を叩き込まれた僕が、最低限しなければならないことだった。しかし、そうすると残った額は三万円程。その殆どが食費に費やされるのだが、一か月で三万円だから、一日千円未満で済ませなければならない。単純な引き算と割り算だ。
近所の喫茶店で、平日はモーニングサービスとして、コーヒーにトーストとゆで卵、そしてサラダを付けてくれることを知ってからは、朝はその店でお世話になった。他はともかく、新鮮な生野菜のサラダが嬉しかった。そして店には新聞や雑誌が置いてあるので、それらを片っ端から読み漁った。テレビも無い部屋の住人には、そうでもしないと世の中の情報など入ってこない。それでも誰にも邪魔されず、誰にも遠慮せずに過ごせる、その小一時間が唯一の楽しみだった。昼食は食べたり食べなかったり。夕食はさすがに食べないと空腹で寝られないことが多かったので、これは人並みに食べたかった。一番安かったのは吉野家の牛丼並盛300円なのだが、毎日そればかりという訳にはいかず。思いついたのが学食。夕方六時まで開いている学食なら、十数種のメニューがリーズナブルに食べられる。午後からの授業が無い日でも、図書館などで時間を潰して夕食にありついた。あまり早く食べたのでは、寝る前に空腹になるのは分かっていたから、必ず学食の閉店寸前に入ることにしていた。テレビの無い部屋の夜は、意外にも時間の進みが遅いものだ。
そうやって食費を削っても、見栄を張る気も無いので、格別安いもので良いから、季節に合わせた洋服は欲しかったし、風呂の無い部屋だったから銭湯に行かねばならない。この昭和年代の終わり頃の銭湯代は220円、毎日入れば6600円かかる。サークルの練習後や真夏だと毎日体を洗いたいので、食費にその額を足し算すれば、一日1000円を超える。それに加えて、あのサークルにかかる費用だ。毎月の収支は赤字、上京するときに持ってきた貯金はアッと言う間に底をついた。夢見たキャンパスライフというものが、今の自分が似つかわしくないものであることを嫌でも知らされた。そこで思い切ってサークルを辞めることにした。三年生の部長にそう告げると、意外にもあっさりと認められた。部長も多分予想していたことだろう。けれど、容赦は無かった。
「先月も払ってないし、今月分も合わせて部費一万円は払ってね」
反論の余地なく、今月末には必ず払います、とだけ言って去った。しかしこれで、たとえ翌月は更に苦しくなろうとも、その後の不本意な出費を切れる。元々金銭的な余力が無い自分が、余力のある人達と、余裕有る活動をしようとしたことが間違いだったのだ。今になって気付くのは遅いのかもしれないが、翌々月からはその間違いを是正した生活を送れるのだ、と納得するしかなかった。
もちろん、金を借りるということも考えた。しかし、誰から借りられるというのだ。一人でこの東京にやって来ても半年もすれば、友人と呼べるような知人も数人できたが、額はともかく、借金をお願いできるような深く長い付き合いの友でもない。逆にそんなことを言えば、僕から離れていくことは自明だった。親戚・縁者もこの地には居ない。サラ金と呼ばれるようなものもあったが、返せる見込みの無い以上、自分で自分の首を絞めるようなものだと分かっていた。今更ながら、幼少期から「他人に迷惑をかけるな」と叩き込まれたその言葉が、重くのしかかっていた。サラ金であろうが闇金であろうが、他人には違いないのだから。
もちろん、仕送りの増額を申し出たこともあった。しかし、昭和一桁生まれの父は頑として首を縦に振らなかった。金を増やせとは遊びたいという事だろう、増やせば遊びに使うだろう、東京とはそういう所だ、との固定観念を持っていたらしい。いっそ、「東京の私立大学の高額な入学金と学費を払っているのだから、これ以上は出せない」と言ってくれた方がスッキリ納得できたかもしれないが、高慢な父にそれは期待できない。僕としても、こんな親元から抜け出したいが為にここに一人でやって来たのだ。もうこれ以上説明し、頭を下げるのは嫌だった。ただ、それを見かねたのだろう母が、コッソリとその月の仕送り額を一万円増額してくれた。翌月には元通りの金額に戻ったのだが、これで冬用の服が買える、と思った。でも買えたのは今着ているシャツとズボン、それと駅前の安売り店で買った1980円のスニーカーだけ。冬が近づけば、それらと夏服の重ね着で我慢するにも限界が見えていた。
現代に子供達にとっては、お年玉で数万円を何箇所から貰える時代なのだから、千円や百円は気軽に使えるような金額だろう。振り返ってその時の僕は、バブル景気真っ只中の東京に居る一日千円未満という生活は、あのサークルを辞めてもさほど変わらない。自炊すればもう少し安く食べていけるかもしれない、との考えも浮かんだが、冷蔵庫も調理器具も無く、それらを買い揃える金も無ければ、それはただの机上の空論。では、出ていく金が減らせないのなら、入ってくる金を増やせばイイじゃないか、との考えが浮かぶ。幸いサークルを辞めたことで、少しばかり時間に余裕が出来た。これを利用してアルバイトをして稼ごう、との考えが向いたのは自然なことだろう。まだ求職専門誌が巷に溢れる前だったので、まずは大学の総務課に行ってみた。そこで見つけたのが、割と時給の良いアルバイト。電話すれば、明日からでも来いと言う。その明日は日曜日で特に何もすることが無いので、指定された場所に行ってみた。ヘルメットと作業服を渡された。仕事内容は、二~三人で車に乗り、首都高速道路の看板の清掃やトンネル内の切れた照明の取り換え(今ではLEDだが当時はまだ蛍光管)だった。すぐ横を猛スピードで走る車の脇での作業なので、一瞬危険を感じたこともあったが、一日目としては無難に終えられたと思う。ただ慣れない仕事で体はクタクタで、その日は暑かったので汗みどろ。帰宅したら直ぐに銭湯に行ってサッパリしたかった。頭からシャワーを浴びると、足元に真っ黒い水が流れ出てきたのには驚いた。いくらヘルメットを被っていても、髪の毛は自動車の排煙を吸い込み、顔や手足など露出している部分も真っ黒、鼻や耳の穴まで黒かった。今のような排ガス規制が無い時代なのだ。いくら時給が高くても、この仕事を続ければ体に害が及ぶことは必定と思うと、続ける意欲が急速に失せた。翌日退社の電話を掛けた。所長はあっさり受け付けてくれたが、次の言葉は加えられた。
「昨日の日当は制服のクリーニング代と差し引きゼロだからね」
次に行ったのが、募集広告が張られたファーストフード店。自室と大学との中間に有って通いやすく、時給はこの前のものよりグッと安かったが、食べ物を扱うのだから体に悪い筈は無かろうと思ったし、授業の日程を考慮して勤務シフトを組んでくれるというので、これは長く働けるかな、と思った。仕事内容は調理補助。確かに先輩方が仕事の手順を教えてくれるのだが、店が忙しいせいか早口で、よく聞き取れない。でもやらされるので、見よう見真似でやれば失敗。途端に罵声を浴びる。「さっきも言ったでしょ」「何度言ったら覚えるんだ、ホントに大学生か」「邪魔だ、どけ」「ボーっとしてるなら給料は無いぞ」等々。それらの罵声も、客の居る席には決して届かないよう音量調整してあるので、たぶん慣れた言い回しだったのだろう。やっと作った料理をわざと床に落とされたことも何度かあった。今で言えばブラック企業という事になるだろうが、そんな罵声といじめを浴びながらの数時間を我慢して四日間通った。だが五日目に行くときに、駅で急に腹痛に襲われ、慌ててトイレに駆け込んだ。そこで上から下から、体の中のものを全て吐き出してしまった。吐き出したものを見る勇気も無く、すぐに水で流したのだが、まだまだ出てきた。生まれて初めて、精神と肉体が悲鳴をあげた瞬間だった。フラフラになりながら、やっとトイレから脱出できたのは小一時間経った頃だろうか。今から店に向かっても大幅な遅刻。きっといつも以上に怒りと愚痴と嫌みを散々に浴びせられることを想像できる以上、店に向かう意欲も勇気も失った。駅の公衆電話から「体調が良くないので」とだけ伝えて、自室に戻った。六畳一間の万年床に横になれば、何だか体がだるく、熱っぽい。体温計が無いので何度か分からないが、その晩は高熱にうなされて一睡もできなかった。もちろん、薬など無い。こんな時こそ病院へ行って適切な処置をすべきなのだが、いくら保険証を持っていても、治療はタダではない。医者と言う所はお金の有る人が行くところで、僕などが行ったら、その後の生活が成りゆかない。だから、何も食べず、水道の水だけを飲み、薄い布団に包まって寝ている他に方法が無かった。それでも三日後には這い出るように布団を出て、何とか外に出られるまで回復できたのだから、それは若さ故のことだろう。でも四日間も欠勤してしまったのも事実。恐る恐るその店に電話してみた。
「ああ、もう代わりの人が来ているから無理して来なくていいよ」
要するに、クビだな、と思った。
「四日間の日当から制服のクリーニング代を引いても、少し残るだろうから、取りに来てもいいよ。ただし来月だけど」
しかし、あの店を精神的にも肉体的にも拒絶している僕には、そうする勇気は無かった。
それら二か所のアルバイトを経験して、もう三つ目のアルバイトを探す気が生まれてこなかった。運が悪かっただけ、求人の探し方が下手だっただけ、確かにそうなのかもしれない。けれどその時には、もう能動的思考と呼べるようなものを失っていた。我慢すればいい、それだけだった。二十年近く生きてきて、貧困というものに無知、無関心だった報いなのかもしれない。確かに、お金よりも大切なものは有る、お金よりも価値あるものは有る。でも、「人はお金が無ければ生きていけない」、これは絶対的な真実なのだ。




続き・・・


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